• SHine

わんちゃんとヒトの関係について


今朝、悲しいニュースを見て


改めて、自分たち人間と動物との関係について考えてみた。




小さい頃から、"ペット"という言葉を、私個人的に、あまり使いたくなかった。


なんだかあんまりしっくりこなくって。


彼らと一緒に生活している方ならきっと、なんとなくこの感覚わかるんじゃないかなぁ。





"ペット"として接していなくて、心の底から"家族"と捉えている。ただ純粋にそう思ってきた。



たとえ、食べるご飯、発する声、体の大きさ、歩き方、感情の伝え方…が私たち人間と異なっていても。


その違いは当たり前の個性で、彼らの大いなる魅力であると思うから、


人間だって、特有の個性があるんだし、おんなじなんだよなぁって。





ただ、なんとなくそういうことを意識していても、しっくりこない感覚があっても、


世の中にはそういうことに全く疑問を持つ機会がなかったっていう人もたくさんいる。


だからといってその人たちが悪いなんても思わないし、


「なんで私の家族をペットって呼ぶの??」なんて咎めたりもしない。





ただ、私がそうしたいからそうする。あくまでもそういう考え方。






だけど、一つだけ見過ごしてはいけない、許してはいけない、と強く思うものがある。



それは、"ペット"として存在する動物の「個性」に対して、我々人間が物理的な力で解決しようとすること。



これは、明らかに上で記したケースとは、訳が違う。



人間界が基盤というなかで共に生きている彼らは、圧倒的に弱い立場にいることになってしまう、申し訳ないけど、それは仕方のないことなのかもしれない。



だからそれを踏まえた上で、知能数も他の生き物よりも高いと言われている人間が、暴力などを行使して攻撃するなどというのはもってのほかだとは思わないだろうか?



弱者だと明らかな相手に手を出す人間に心理は一体全体なんなのだろうか?




わからなすぎて、わからなすぎて、なにもできなくて心が痛い。




ここで私が嘆いていてもちっぽけかもしれないけど、

見て見ぬ振りを続けることの方がなんにもならないって知っている。




それを考えた時に自分の中で引っかかっていたものが少しわかった。



世で言ういわゆる"ペット"という言葉が、私の耳には、


あくまでも人間の視点からの言葉で、人間の生活に添え的な存在で


聞こえるようにに感じてしまうからなのだと。



彼らは、年月を経る中で、その生態をも人間と一緒に生活するために合わせてきてさえいるようにも思える。



それでも彼らは文句も言わない。帰ってきた主に寄り添い続ける。



元はと言えば、人間のエゴが始まりなのかもしれない。だけど、今でも平和に人間と共存していられるんだ。なんて彼らは心が広いんだろう



一見、私たちが彼らを育てているように見えるけど、


むしろ、彼らから学ぶことが多く、精神的に成長させてくれているようにも思える。




なかなか答えは出ないけれど、


こういったことを考える機会を持つこと、親子や友達同士で話し合うこと


その積み重ねで何か行動を起こしていけるような人間でいたい、と思う。




そして、いつもそばにいてくれる家族であり、癒し部隊長であるうちのわんわんに、


今もう一度改めて、だいすきだよ、愛してるよって、伝えてみた。



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